第2回
2011年 07月 03日
第1章 あんたはうちの子やない
<2>明るい性格が一変
ある日、突然母親を名乗る「知らない人」に連れて帰られ、移り住んでからも、水商売で生計を立てていた母は、夕方に出かけ夜中に帰ってくる・・・
私は朝、ひとりで起き、大阪市立道仁小学校に通う。
こんな関係だったので、母と接する機会はあまりありませんでした。
不憫に思ったのか、乳母のような人が夜の食事を用意して、寝入るまで一緒にいてくれていました。
本当に静かな時間をくりかえしていました。
楽しく、キラキラと輝いているはずの「小学校1年生」の思い出はほとんどありません。
家にお父さんが居ない・・・そのことが不思議ではなかったのに
学校で「父の日」に白いカーネーションを渡される
そんな時代でした・・・そしてそんな生活の中で現実を刻んでいくこととなります。
あまり覚えていないのですが、時々父親が会いに来たり、母は以前病院で働いていた関係で、家には注射器などがあって、それで水鉄砲のような遊びをしたり・・・の生活でした。
小学3年生くらいまでは、ひとり遊びが中心で、友だちの中にいても全く目立たず、家でも学校でもいじいじした子どもでした。
元気はつらつの幼稚園時代から、一挙に性格が変わってしまったのです。
こども時代・・・全身全霊で生きている時代
生活まるごとが、自分そのもの・・・の時代
小さな世界に少しずつ現実の厳しさが影を落としていきます。
たくさんの人に関わってもらった空間から放り出され、知らない土地で知らない人と・・・時間を歩くこととなりました。
<2>明るい性格が一変
ある日、突然母親を名乗る「知らない人」に連れて帰られ、移り住んでからも、水商売で生計を立てていた母は、夕方に出かけ夜中に帰ってくる・・・
私は朝、ひとりで起き、大阪市立道仁小学校に通う。
こんな関係だったので、母と接する機会はあまりありませんでした。
不憫に思ったのか、乳母のような人が夜の食事を用意して、寝入るまで一緒にいてくれていました。
本当に静かな時間をくりかえしていました。
楽しく、キラキラと輝いているはずの「小学校1年生」の思い出はほとんどありません。
家にお父さんが居ない・・・そのことが不思議ではなかったのに
学校で「父の日」に白いカーネーションを渡される
そんな時代でした・・・そしてそんな生活の中で現実を刻んでいくこととなります。
あまり覚えていないのですが、時々父親が会いに来たり、母は以前病院で働いていた関係で、家には注射器などがあって、それで水鉄砲のような遊びをしたり・・・の生活でした。
小学3年生くらいまでは、ひとり遊びが中心で、友だちの中にいても全く目立たず、家でも学校でもいじいじした子どもでした。
元気はつらつの幼稚園時代から、一挙に性格が変わってしまったのです。
こども時代・・・全身全霊で生きている時代
生活まるごとが、自分そのもの・・・の時代
小さな世界に少しずつ現実の厳しさが影を落としていきます。
たくさんの人に関わってもらった空間から放り出され、知らない土地で知らない人と・・・時間を歩くこととなりました。
by 6570295
| 2011-07-03 19:45
| 私のあゆみ