市会議員・黒田みち「私のあゆみ」


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第17回

第1章あんたはうちの子やない

  <17>これぞ青春の合唱団


 中学2年生の途中、音楽の高野先生が守口市青少年合唱団(中学生から25歳までの混声合唱団)の指揮者をされていて、団員募集で中学生にも声をかけておられました。
私も友達や先生の誘いに応じて入団し、毎週土曜日の夜の練習に顔を出すこととなりました。

 指揮者の高野先生は、合唱団に情熱を傾けておられました。
 ただ歌うだけでなく、技術的にも芸術的にも課題が与えられる・・・中学生には中々想像しにくい・・・「歌詞の意味を言え」と言って、言うまで許してもらえない。
歌詞に赤が出てくると、「どんな赤なのか」を問われる。「え、赤は赤や」としか思えませんが、「赤でもいろいろあるやろ・・・この詩の赤は、どんな赤か?夕日の赤か金魚かリンゴの赤か・・・」そして詩そのもののイメージを想像させて、今度は、歌うという実際でそのことを求められました。
 中1から25歳までの、50人を超える集団で、その人たちの話しを聞き、議論する。そして歌う・・・イメージできても表現できなければ「歌に感情がこもっていない」と指摘される。
 毎週の合唱団練習のほかに毎年定期演奏会のための2拍3日の合宿もありました。
 春や秋の行楽シーズンにはみんなで遊びにも行く。
 何より、合唱だけではなく、学生も働いている人もいるわけですから、それぞれの立場でみんなが「人生」を歩んでいる・・・それぞれが真正面からぶつかり合って生き生きしている・・・「これぞ青春」の趣でした。

 当時の団員さんで、会社をやめて後に音楽の先生などをされている方が何人もおられます。今もなお「演奏会」をされたり、歌っておられる方もたくさんおられます。
合唱団の影響を大きく受けて人生を切り開いていった人たち・・・ 私にとっても、何かを求め、いろんな本を読みあさっていた時期と重なって、中2の14歳の少女のレベルをはるかに超える、とてつもなく大きな人生勉強をする場でした。
また、団では、自分の生い立ちなどをさらけ出して話すことができる、相談できる人が何人もいて、その面でも、丸ごと支えてもらっていました。
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by 6570295 | 2011-10-15 19:20 | 私のあゆみ

第16回

第1章あんたはうちの子やない

<16>外では快活だが・


 中学生から積極的に行動する生徒になっていきますが、入学当初のころはまだまだ家庭の事情を引きずっていました。
 外ではとても元気な子。クラスのリーダー的存在だったし、生徒会の役員もこなし、熱心なテニス部員。頼まれたら吹奏楽(クラリネット)もやり、土曜日、日曜日も学校に行く。
友達関係に恵まれ、明るく楽しい、快活な生徒でした。
しかし、それは家には帰りたくないことの裏返しでもあったと思います。

 学校でも読書好きでしたが、家では、本当に本ばっかり読んでいました。
学校の図書室もよく利用し、市の図書館には、宿題をしに行くことも含めてよく通っていました。
   
 アイザック・アシモフなどのSF物が好きでしたが、島崎藤村から平岩弓枝まで色んな本を読みあさるという感じでした。題名を見て選び、熟読というよりまさに乱読。「黄色い星のこども達」は、宇宙物かと思って借りたら「ナチスドイツの話しだった」という出会いの本もありました。
 どちらかというと明るい本というより、藤村の「破戒」や夏目漱石の「こころ」など重たい本が好きでしたね。自分の生い立ちのこともあるでしょうが、「なぜ、生まれたのか」「生きるということ」など自問自答をくり返していました。

 小学校の図書室の鍵のかかった本棚に、住井すゑの「橋のない川」が並んでいました。
自分の手の届かない場所の本・・・あこがれ、いつか読みたいと思っていた本との出会い。読む本もどんどん大人びていきます。
中学校に入ってからは、より、あまり知らなかった世界へ目を向けることになります。
「橋のない川」で、部落を知り、「黒い雨」で戦争や原爆などを知る。「なぜ、同じ人間なのに、差が生まれるのだろう」「正義の戦争ってあるのだろうか」「幸せになること」・・・。学校の先生からの影響を大きく受ける多感な時期。
 ストンと胸に入ってくることばや理屈。
 人間には、個人や家族くらいでは、どうしょうもできないことがあること。
 社会の矛盾、法律によって左右される「不幸」
 困難な状況は「不幸」ではない・・・しかし困難が続いていくと「不幸」の迷路に迷いこんでいくこと。
 それでも人間は生きていく・・・「幸せ」や「安心」を求めて。
 表現することの必要性なども感じていった時期でした。

 9つ離れた兄は家を出て自立し、6つ上の兄には数学や物理など教えてもらったりしていました。姉との関係は、いじめられたりすることもなくなったものの、なんとなく疎遠になっていました。
 それぞれの青春、新しい世界での活動の範囲が広がっていったからでしょう。
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by 6570295 | 2011-10-11 19:08 | 私のあゆみ

第15回

第1章あんたはうちの子やない

<15>時々の出会いで成長


 高浪先生には
 クラスみんなが
 ほめてもらったり
 怒られたり
 時には叩かれたり・・・

 卒業式を終えて、みんなが帰った後の教室
 誰も居なくなった部屋で
 ひとり泣いていた・・・という話を聞き、とても感動しました。

 先生とは卒業後もしばらく友だち有志と旅行をしたりもしていました。

 が・・・やがて、疎遠になってしまいました。
 (それぞれの時間をめいっぱい使っていた・・・時代でした)
 
 でも、忘れたことはなかったですね。
 3年間も同じメンバーで担任だった・・・
 こどもから少し大人に・・・
 小学校の卒業式は
 まさに大人への入り口を通過
 新しい中学校への旅立ち

 高浪先生は、残念ながら、若くして59歳で亡くなられました。
 小・中学校の同級生同士が結婚した際、仲人が先生だったそうです。
 その友だちから先生が亡くなった旨の連絡をいただきました。
 残念でした・・・
 いつかお会いしたら
 「こんなに大きくなりました。
 作文で書いていたとおり保育所で働いています。」と
 本当に感謝の意を込めてお礼ができたのに・・・

 熱血先生の教師振りは、私が後に就いた保育士の仕事ぶりに大きく影響を与えます。
 これまた早く亡くなった父親の働きぶりも「同じだなぁ・・・」と思います。

 このように、私は、時々の近所の方達、お世話になった先生などの影響を大きく受け
 小学低学年と高学年、中学生の3つの段階で、どんどん性格が変わっていきます。
 もしかしたら・・・持って生まれたものかもわかりません。

 ただ、はっきり言えるのは
 こどもは
 周りの環境にうんと左右される・・・ということ
 全身全霊ですべてを受け入れていくということ
 大人に委ねざるを得ない・・・という立場です
 
 大人になって
 昔の友だちと会った時
 小学校時代しか知らない友だちからは「あんたがそんなにしゃべるなんて」とびっくりされ
 中学時代の友だちからは「ぜんぜん変わっていない」と言われます。

 もちろん、高校時代の友達は、「そのままやね」と・・・。
 
 たくさんの方に影響を受け
 支えてもらい
 自分らしく成長していく道を模索

 牛歩でもいい
 歩いていくんだよ

 自分でいい
 自分がいい

 中々そこには辿りつけなかったけれど
 ようやくそこに着地

 生きているだけで丸儲け

 命がある
 ただそのことがすばらしい

 そこにあるのは「感謝」そのものである
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by 6570295 | 2011-10-03 21:44 | 私のあゆみ