市会議員・黒田みち「私のあゆみ」


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第18回

第1章あんたはうちの子やない

(おわび・・・と再開のお知らせ)

 1週間に1度掲載のこの「私のあゆみ」。
 「楽しみにしているのに・・・」とお声をかけていただいて、本当にありがとうございます。しばらく中断し申し訳けありませんでした。
 先行して原稿を温めていたころは、よかったのですが・・・。議会活動に加え、無謀にもハードスケジュールの「憲法ミュージカル」に出演し(^―^)♪、地域の様々な活動が怒涛のように押し寄せ、結局1日24時間では追いつかず、今日に至りました。
 本当、すみません。

 ご迷惑をおかけしましたが、おかげさまで、この5ヶ月の経験によってさらなる進化をとげ、バージョンアップして活動をさせていただいています。
 引き続き、ご覧くださいますようよろしくお願いします。

       色とりどりの街路樹を愛(め)でながらの日々に寄せて・・・



          <18>進学で戸籍問題が浮上

 中学校3年生に進級し、合唱団は続けていたものの高校進学問題に比重が移っていきます。
 家計に余裕があるわけではなく、進学に伴うお金の悩みが大きかったような気がします。

一番安くつくのは、長兄も卒業した近くの府立守口高校への進学で、母もそれを薦めました。
しかし、私は電車に乗って通学したい一心で、京阪電車光善寺にある大阪市立「大阪市立高校」にこだわり、行かせてくれと頼み込み、最後まで自分の意志を曲げませんでした。

母は、「そんなお金は、ない。」の一点ばりでしたが、結局、私は主張を貫き(担任の先生の後押しもあって)母も折れてくれ、市立高校へと進みました。
なぜ、そこまでその学校にこだわったのか、今となっては判然としないのですが、その「市立高校」入学が私の人生に大きな影響を及ぼすこととなります。

 高校進学の際、今までの義務教育では、問題にならなかった新たな問題に直面します。私は、親権を生母が持ったまま、養子縁組もせず、高校進学をむかえました。
幼稚園の時は西本美智で、小学校入学と共に生母の元へ帰されて岩本姓に変わりました。小学校2年生の夏休みに西本家に戻されますが、その時は手続きをしないまま過ごしていました。
こうした戸籍・親権が進学に際して問題化。父などが走り回っていたことが印象に残っています。こどもから大人への多感な時期を「制度」の落とし穴で過ごすこととなります。

 岩本姓なのに、保護者名は「西本」と書かねばならず、それがいやでいやでたまりませんでした。小学校の頃は、「(西本の)家の子と違うねん・・・。」と素直に言えたりしていましたが、ちょっと物事が分かってきて、「恥ずかしい」とか、「何でやねん。なんでこんな思いをせんとかんねん。」との思いが募っていきました。
 いろんな本を乱読していた頃、住井すゑ著「橋のない川」で知った部落問題と私の境遇が重なり、「私のせいと違うやんか」と怒りや憤りのようなものがこみ上げたものでした。
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by 6570295 | 2011-11-20 10:04 | 私のあゆみ