市会議員・黒田みち「私のあゆみ」


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第11回

第1章あんたはうちの子やない

<11>養子話に泣いて抵抗


 父の工場が倒産し、経済的事情が悪化したからだと思います・・・
 生活が少し安定してきた頃(中学校2年生)に養子にいく話が持ち上がりました。

 こどもが居ない遠い親戚のところへ養子に行けば、そこから高校~大学まで行かせてもらえるかもしれん。どうや?と切り出されたのです。

 小学生の頃は、学年を終えるごとに、実の母が迎えに来てくれるかもしれないと思い続け、小学校卒業時に、いよいよ迎えには来ないと悟り、ここ守口で生活していくのだと思い始めた矢先のことでした。

 突如持ち出された養子縁組の話でしたが、この時ばかりは、絶対泣かなかった私もはじめて「棄ててくれるな」と泣きました・・・
 「よその家にやらんといて。何でもいいからここにおいて」と。

 夏休みにその家に遊びに行かされていました。

 また、母と二人きりで近鉄特急に乗り・・・はじめての家。静かなおじさんとおばさん。
 2週間程過ごしたでしょうか・・・何をすることもなく・・・毎日ひとりでほとんどの時間を吉野川で過ごしました。
 まっ黒に日焼け・・・帰りはひとりで帰路に着きました。

 それからしばらくたった頃でしょうか・・・
 「養子縁組」聞きなれない言葉
 でも・・・すごく悲しい気持ちになったのです。
 それまでの人生で一番悲しかったのはこの時・・・
 今でも思い出すと涙が出ます。

 少し物事がわかりはじめ
 「ひとりで生きていく」と決意をした幼なかった時代が終わり
 「もらわれっ子」に馴れてきた・・・そんな矢先
 また
 「すてられっ子」になっていく悲しさ
 形振りかまわず泣いて訴えたのはこの時が最初で最後
 
 以後、養子の話は立ち消えになり・・・

 また・・・少し大人に近づいていくこととなります。

 ひとりで生きていく・・・簡単でないこの荒波は容赦なく襲いかかり浪間に沈めようとしてきます。
 漂うことを知らない不器用な私は、バタバタともがき・・・
 
 小さな海岸に漂流したかと思えば
 また沖合に投げ出される

 その海で
 その砂浜で
 生きていくことを探しはじめます

 14歳
 目一杯背伸びをしながら・・・
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by 6570295 | 2011-09-05 15:45 | 私のあゆみ